オードリー



オードリーとはケイダッシュステージ所属のお笑いコンビである。
コンビ名は、女性人気の獲得も目指すべく、オードリー・ヘプバーンから採ったとしている。

■若林 正恭(わかばやし まさやす 1978年9月20日)
東京都中央区出身。ツッコミ担当。血液型はO型。身長は168cmで、体重は60kg。
趣味は散歩、ランニング、バッティングセンター通い。
藤岡弘の物真似が得意。
ネタの中ではボケを演じる。スーツ姿が多い。
R-1ぐらんぷり2008にて、野球のスイングを山手線で説明するというピン芸で新境地を開き、準決勝にまで進出した。

■春日 俊彰(かすが としあき 1979年2月9日)
埼玉県所沢市出身。ボケ担当。血液型はB型。身長は175cmで、体重は筋肉質のため84kg。
趣味はバイク。グルメ番組鑑賞。
ネタの中ではツッコミを演じるが、ちゃんと若林にツッコミをしないため、逆にツッコまれる。よく胸を張りながら登場する。
また胸を張った状態で人差し指を立て『トゥース!』と声をあげる事もある。
色黒なため、よく外国人に間違えられる。
中尾彬の物真似が得意。
過去には「東洋一のツッコミ」と書かれた襷をかけながら登場していた。
2006年10月16日放送の『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!スペシャル』(テレビ朝日)の芸能界潜水選手権ではトライアルで出場し、当時日本で5位となる92メートルを記録した。
高校生時代、アメフトでオール関東のメンバーに選ばれたこともあった。大学進学後もアメフト部に入るつもりだったが、練習などの雰囲気が本格的だったなどのことからあきらめて、本人曰く「テレビのプロデューサーを目指そうと思った」とのことである[2]。
2007年、K-1 JAPAN 戦士育成プロジェクトに応募し2月25日の第1回トライアウトを受験、合格は逃したものの潜在能力を評価され準合格となり、5月6日の『K-1 JAPAN TRYOUT 2007』で行われた最終試験でのスパーリングでは立川隆史に計4度のダウンを奪われ圧倒された。また、アーネスト・ホーストの元で合宿を行った。8月16日、ディファ有明で開催された『K-1 TRYOUT 2007 SURVIVAL』にて中国の王洪祥(ワン・ホンシャン)と対戦し、2Rと3Rにダウンを奪われ最大5ポイント差の判定0-3で敗れた。


芸風

主に「ダメつっこみ漫才」と名付けられた漫才を行う。春日の意味不明なツッコミや発言を若林がたしなめたり、逆に若林がツッコんだりする。
ネタ中では、若林に「死にてえのか」「mixiで新しい相方探すぞ」など春日を罵倒するような言葉が出てくるが、この後二人がそれぞれ相方を大事に思っていることを告白し、二人で顔を向け合い「へへへへっ」と微笑むネタをはさんでくる事が多い。また何度かやったあとに春日が笑わず、若林に「笑えよ!」とツッコミを入れられるパターンもある。
春日が一人で始めた芸に若林が合わせる、というようなこともある。
漫才の途中で2人で「ちゃーんとつっこんで」と言いながら踊りだし、最終的に「俺ら何やってんだよ」とお互いにツッコミを入れることもあったが、最近では見られない。
コントでは若林がボケで春日がちゃんとツッコミをするものもある。
終わりには、春日が左手を挙げ「バーイ」と言って締める。

こちらから参照→Wikipedia




しずる



しずるは、吉本興業東京本社(東京吉本)所属のお笑いコンビ。コントが主だが、漫才も行う。2003年10月結成。東京NSC9期生。

■村上 純(むらかみ じゅん、1981年1月14日)
東京都出身。AB型。身長169cm。
東京都立駒場高等学校、成蹊大学法学部卒。
趣味はグラビア鑑賞
眼鏡をかけている時と、かけていない時がある。
兄も東京NSC9期生で、ピン芸人「ヒロキング」として活動していた。一度兄弟で、『村上団地』としてM-1に参戦したこともある(現在は引退。以前は「哀愁ランデブー」というコンビで活動しており、元相方の河合は「こてつ」というコンビで活動)。
辛い事があると酒に逃げる事があり、「飲みすぎるとムカつくくらい自分で立ち上がらない」と相方の池田は語る。

■池田 一真(いけだ かずま、1984年1月17日)
埼玉県出身。A型。身長172cm。
入間市立黒須中学校、埼玉県立所沢西高等学校卒。
天パをよくネタにされる(中学の時クシが折れたことがある)。
すね毛が気になった時に『剃る』ことはせずに『燃やす』と言う行為をとった(ヨシモト∞での発言より)。
自称瑛太に似ている。
舞台のバミリなど、貼ってあるものを何でも剥がす癖がある。
NSC入学当初はピン芸人をしていて、「天才」と呼ばれるほどであった。だが、2ちゃんねるに書き込まれていた誹謗中傷にショックを受けて挫折した。

コンビ名の由来は、表参道にある牛タン屋さんの店名。
コンビ結成は池田から言い出した
一度解散している。その解散は村上から言い出した(ヨシモト∞での発言より)。
2006年3月に一時活動を休止しているが、3ヶ月後に再開。休止の理由は同じ仕事に2回連続で2人とも遅刻したため[要出典]である。
また、2008年1月からも村上の遅刻、そして隠蔽した(遅刻を吉本興業側に報告しなかった)ため3ヶ月謹慎処分になった。(2008年1月21日付の本人達のブログより)
同期のライスと仲が良い。NSC入学時の面接も同じグループで受け、入学後もクラスが一緒だったためである(ヨシモト∞での発言より)。芸風もシュールという点で似ているため、先輩からはどっちがどっちか分からないと言われていた。
同じ東京吉本所属のフルーツポンチと共演する事が多い(爆笑レッドカーペット、ザ・スリーシアター等)。
東京シュール5の一員であるが、謹慎の時期と重なってしまい、1回目と2回目のライブは出演していない。
爆笑レッドカーペットでは「青春コント」と称する、高校生風の2人が熱い友情に燃えるというコントを披露している。しかしそれ以外のTV番組や舞台では、様々なコントを披露しており、中央にマイクを立てて、純粋にしゃべくり漫才を演じることもある。


出演経験のあるテレビ番組

爆笑レッドカーペット(フジテレビ)第3回から不定期に出演。2008年4月のレギュラー番組化以降も、準レギュラーのような形で定期的に出演し、毎回「満点大笑」のような高得点を叩き出している。(2008年7月9日にレッドカーペット賞受賞)
爆笑ピンクカーペット(フジテレビ)第2回から不定期に出演 
両番組ともキャッチコピーは「甘酸っぱい青春コント」
爆笑オンエアバトル OA率 - 1/1、最高KB:481KB、最高順位:1位
PLAY!AWA'S 〜美と笑いの大お見せ合いパーティ〜(GyaO、2007年)
お笑いDynamite!(TBS、2007年12月28日)キャッチコピーは「彼女の呪縛から逃れられるか?」
ザ・スリーシアター(フジテレビ、2008年)
おはスタ(テレビ東京系列、2007年10月以降) OHA調査団
お試しかっ!(テレビ朝日系,2008年6月2日)『Aniコレ2008〜芸能界で女装して一番キレイな男は誰だ!?』
笑いの万博(日本テレビ,2008年6月21日)
「雨上がり決死隊のお笑い男塾08夏〜AGEAGE芸人育成システム〜」(テレビ朝日系,2008年7月5日)
ハピふる!(フジテレビ,2008年7月9日)

こちらから参照→Wikipedia

狩野 英孝



狩野 英孝(かの えいこう、本名:同じ、1982年2月22日)はマセキ芸能社所属のピン芸人である。宮城県栗原市栗駒(旧・栗原郡栗駒町)出身。身長175cm。血液型A型。宮城県築館高等学校卒業。日本映画学校俳優科卒業(15期生)。学生時代は弓道部に所属。

実家は約1500年続いているといわれる桜田山神社で、英孝で39代目に当たる。「ダウンタウンDX」に出演した際、狩野家では神社なのにクリスマスを盛大に祝うという話をし、「うち、仏教なのに」という発言をしている(神社は神道であり仏教ではない)。(神社名はスポーツニッポン2008年6月16日付記事にて確認)またその神社は2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震により鳥居が崩壊するなどの損害を受けた際には、狩野は由緒ある神社であるにも関わらず、市が援助をしてくれない事を嘆いていた。神主を継ぐことに反発し芸人になったが、2008年6月28日放送のオーラの泉で江原啓之、美輪明宏に説得され、神主の資格取得を決意する。

L'Arc〜en〜Cielに憧れ、高校時代には「ディスインフィクション」(フランス語で「消毒」の意)というバンドを組んでいた。

高校時代から長髪だった。金髪に染めていた事もある。当時は弓道部にも所属しており「大会に出るのに金髪はまずい」ということから黒髪に染め直すも、弓道大会開催地の温泉で次第に染色が落ちて金髪に戻ってきてしまい、「おまえは宮城の恥だ!」と怒った先生によって丸刈りに。ゆえに卒業写真は短髪姿である。丸刈りにしたときには後頭部にある傷から「貯金箱」と呼ばれた。

『ネプリーグ』に出演した際、世良公則のことを「まったく知らない」と言い、他の出演者たちから「世代的にありえないだろ」と突っ込まれていた。

ロンドンブーツ1号2号の田村淳に「目元が蟹江敬三さんに似ている」と言われたことがある。また、ノーメイクの状態は事務所先輩の南原清隆に似ているとも言われたことがある。

『ロンドンハーツ』のコーナー「激写芸人すっぴん寝起き」に出演した際、宿泊先ホテルの部屋のベッドの傍らに風俗嬢の手作り名刺と思しきカードが置いてあるのを田村淳に発見されてしまった。また、後に「おしゃれゲート」に出演時には上記の一件に加えて、淳から着ていた服を茶化されたり膝かっくんをされるなど盛んに笑いの的とされてしまった。それ以降、同番組では「イケメン」ではなく「ヒゲメン」と表記されるなど、格好の餌食になっている。

乾燥肌なので実家から手作りの化粧水を送ってもらっているが、一升瓶に入っているため使いづらいらしい。

「ホストネタ」をメインの芸にすえているが、自身にホストの経験はない。過去に『オジサンズ11』に出演した際は、企画で集められた大勢のホスト達の中に紛れ、「偽ホスト」ととして出演していた。芸が認知されて以降ホストクラブへの営業が入るようになり、実際にシャンパンタワーをオーダーさせるなどの実績を残し、あるオーナーからは2000万円を提示され、スカウトされた事がある。



芸風

一人芝居、コント。ラーメン屋、ホスト、新聞勧誘員、教師、自動車学校教官、眼科の医師などのシチュエーションをそれぞれ自称イケメンのナルシストキャラで演じる。バラエティ番組に出演する際は、「イケメンじゃない」と弄られることが多い。 なお、キャラのモデルは『ちびまる子ちゃん』の花輪くんであることを『メレンゲの気持ち』で語っていた。

「ラーメン・つけ麺・僕イケメン」「A面・B面・僕イケメン」
「いーけないんだ。イケメンだ」
「赤貝・ミル貝・ナイスガイ」
「TAXI、mixi、僕セクシー」
「スタッフゥー、スタッフゥー」

等のフレーズが有名。 2007年、衣装を純白のスーツに変更。特技のタロット占い(あるある)をネタにすることがある。


こちらから参照→Wikipedia

フットボールアワー



フットボールアワーは吉本興業東京本部所属のお笑いコンビである。大阪NSC14期生。

■岩尾望(いわお のぞむ、1975年12月19日)
ボケ担当。立ち位置左。大阪府大阪市東住吉区出身。

■後藤輝基(ごとう てるもと、1974年6月18日)
ツッコミ担当。立ち位置右。大阪府大阪市東淀川区出身。

岩尾は「ドレス」、後藤は「後藤・天満」(後に「エレキグラム」に改名)というコンビを経て、1999年4月「後藤・岩尾」としてコンビ結成。同年5月、当時のうめだ花月シアター(現在のうめだ花月)で初舞台を踏み、7月コンビ名を「フットボールアワー」と改める。由来は岩尾が読んでいた外国の小説の「月曜日のフットボールアワーに間に合わないよ」という科白から。(参考資料:「The Dallas Titans Get Ready for Bed」Karla Kuskin(カーラ・カスキン)著、日本語訳「ダラスタイタンの月曜日」岩谷時子)
結成翌年のABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を皮切りに、若手漫才師に与えられる数々の賞を総ナメにした。
2003年8月 当時の主要メンバーと共にbaseよしもとを卒業し、うめだ花月へ移動。現在はルミネtheよしもとを中心に活動中。
M-1グランプリ2001で結成2年目にして決勝進出するも6位、M-1グランプリ2002は準優勝、本命と言われたM-1グランプリ2003で悲願の優勝を果たした。また、M-1グランプリ2006ではV2を目指して参戦したものの2位に終わった。
『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル第9回』優勝。
『ザ・イロモネア』に過去3回出場し、うち2回ファイナルステージまで進出。番組がレギュラー化してからの出場では1stステージ敗退となった。


芸風

岩尾のボケは基本的にシュールなものだが、後藤の分かりやすいツッコミにより、全体として正統派しゃべくり漫才としてのスタイルをとる。
ネタ作りは二人で行う。
コンビ間の仲はきわめて良い。
2人ともボケ出身であったため、岩尾はコンビ結成当初ツッコミをやるつもりだったという。しかし後藤は「こんな顔のヤツに"なんでやねん"と言われることが"なんでやねん"や」と、岩尾のツッコミ転向を全く考えておらず、「ツッコミどっちがやる?」と聞いてきた岩尾に、「なんでやねん!」と1発目のツッコミを入れた。


受賞歴

2000年 第21回ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞
2001年 第31回NHK上方漫才コンテスト 優秀賞
2001年 第1回M-1グランプリ 決勝進出 6位
2002年 第32回NHK上方漫才コンテスト 最優秀賞
2002年 第37回上方漫才大賞 優秀新人賞
2002年 第31回上方お笑い大賞 最優秀新人賞
2002年 第2回M-1グランプリ 決勝進出 2位
2003年 第1回MBS新世代漫才アワード 優勝
2003年 第32回上方お笑い大賞 話題賞
2003年 第3回M-1グランプリ 優勝
2004年 第39回上方漫才大賞 大賞 ※
2004年 第33回上方お笑い大賞 最優秀技能賞
2006年 第6回M-1グランプリ 決勝進出 2位
※コンビ結成5年目での大賞受賞は横山やすし・西川きよし以来の快挙

テレビ
なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ! (朝日放送):2004/10-2008/03
わかってちょーだい! (フジテレビ):2007/04-2007/09
芸恋リアル (日本テレビ):2006/04-2007/07
ドラゴン&ボールアワー (TBS):2004/10-2005/03
フットボール汗 (テレビ大阪):2004/04-2005/03
サバコン (日本テレビ):2004/04-2005/03
開運コメディ 今日も大吉!パンパンパン (朝日放送):2004/04-2004/09
新すぃ○○! (TBS):2004/04-2004/09
お笑いDynamite!:2007/12/28キャッチコピーは「実力派漫才の新境地」
せやねん! (毎日放送):2002/07-2004/09
新すぃ日本語 (TBS):2003/10-2004/03
ちちんぷいぷい (毎日放送):2002/04-2004/03
アッカン!べーす (GAORA):2002/07-2003/07
?マジっすか! (毎日放送):2001/04-2003/03
土曜ドカンッ!! (読売テレビ):2001/10-2002/09

ラジオ
ナニワ音楽ショウ いきなりフットボールアワー (MBSラジオ):2003/10-2008/03
GOYODA (ラジオ大阪):2003/01-2004/03
baseピクニックラジオ (エフエムちゅうおう):2002/04-2002/12
オンスト (エフエムちゅうおう):2000/02-2002/03

ドラマ
伊沢鉄工所 (朝日放送 2003年3月22日放送)

CM
NTTドコモ
アウトソーシング 企業CM
ぼんち揚(ぼんち株式会社)
統一地方選挙インターネットCM(総務省・(財)明るい選挙推進協会)
世界陸上大阪大会(毎日放送・TBS系)
ジャンボカラオケ広場(関西ローカル)

映画
ガキンチョ★ROCK (2003年)
日常 (2006年)


こちらから参照→Wikipedia

柳原 可奈子



柳原 可奈子(やなぎはら かなこ、1986年2月3日)は、日本のお笑い芸人、タレント。太田プロダクション所属。本名、同じ。東京都中野区出身で在住。血液型B型。デブタレとしても最近知られている。

幼児期にモデルとして雑誌デビュー。
東京都立小平高等学校普通科外国語コース卒業。この頃からアマチュアのライブなどに出演していた。
東放学園専門学校東京アナウンス学院お笑いタレント科(現・芸能バラエティ科)卒業後、太田プロダクション所属となる。
2007年に入り10代の女性をターゲットにしたキャラが注目され始め、TV番組での露出が増えるようになる。


「家では全裸で過ごしている」、「Tバックを穿いている」、太田プロの杉本彩など、性的アピールも臆せず行う。
ネネコという犬(シーズー)を飼っているそう。
愛称は「ネネちゃん」。
ヴィジュアル系ロックバンドのPIERROTのファンで、ブログ上でPIERROT解散について述べたさいに、自分のことを「オバンギャ(年齢の高い、または長くバンギャルをやっている者を指す言葉)」である、と発言していた。
楽屋に置いてあるクッキーやチョコレートを食べるのがクセとなってしまっており、マネージャーから"オヤツ禁止令"を出されている。その代わり出演がハネると「小分けされたクッキーやチョコレートを、動物の餌付けのようにマネージャーからもらえる」とのことである。
事務所の先輩であるマシンガンズの滝沢が書いているblogによると「ヤクザに惚れることが多い」とのこと。太田プロの若手芸人ライブでは、モーニング娘。の「ザ☆ピ〜ス!」をマリンルックで熱唱したが、「♪好きな人がヤクザだった ピ〜ス」と替え歌のネタにしていた。
普段の1人称は「あっし」。
酒を飲むといきなり大泣きする。大泣きするときは「お母さん、お父さん産んでくれてありがとう」などを思って泣くという。
ウェブログはW52SHを使って更新していることが多い。
総武線西船橋駅周辺のギャルのものまねをするが、西船橋駅自体は、今まで1度しか行ってなく、船橋ららぽーとに至っては行ったことがないと言う。また、渋谷のショップ店員のものまねもするが、渋谷自体は行っているが、買い物はもっぱら地元の中野ブロードウェイで済ませるという。
TBS系『ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円SP』(第6回)(2007年9月28日)にて、見事100万円を獲得した。
ギャル曽根との共演が多い。また、ギャル曽根とは同学年である。さらにギャル曽根とは2007年に入ってからテレビの出演が激増しているという点でも共通性がある。
2ちゃんねるをやっていると公言しておりかつてはブログでも2ちゃん語を多用していた。
愛車はトヨタ・クラウン。


芸風

主にコント。「渋谷109カリスマアパレル系ショップの店員」「総武線西船橋駅近辺の女子高生」「FMラジオDJのRICO」「女子大生アルバイトのマミ」など。カフェやファーストフード店など女子高生達があつまる場所に足しげく通い、女子高生の面白い会話をノートや携帯に直接書きとめ、ネタ作りをしている。
「渋谷109のカリスマアパレル系ショップの店員」もしくは「総武線の女子高生」のキャラ口調はバラエティ番組でも多用している。
「たけしの誰でもピカソ」(テレビ東京系)にて柳原は「ネタの本数が少ない上、テレビで披露できるような完成度の高いネタは数えるほどしかない」と語っている。しかし、同番組で共演したビートたけしからは「ネタひとつひとつの完成度が高いため何度見ても笑える」、友近からは「初めて同じようなタイプの芸人が現れた、正直脅威である」と高く評価された。またこの番組で柳原は目標とする芸人として友近の名前を挙げており、ネタを選ぶ基準として「友近さんとかぶらないような(若い年代の)人のマネをする」と語っている。

こちらから参照→Wikipedia

藤崎マーケット



藤崎マーケット(ふじさきマーケット)は、日本のお笑いコンビ。田崎佑一と藤原時からなる。吉本興業大阪本社所属。吉本総合芸能学院(NSC)26期生。新聞表記は「藤崎M」。キャッチフレーズは遊び心の棚卸し。

■田崎 佑一(たさき ゆういち、1981年1月29日)
兵庫県神戸市北区出身。神戸市立有野中学校卒業、神戸市立神港高等学校卒業。学生時代は生徒会長も務めた。宝塚造形芸術大学卒業。
過去にお笑いコンビ「エージェント」として活動し、解散後はピン芸人「田崎ソムリエ佑一」と名乗っていた。
『とんねるずのみなさんのおかげでした』の『細かすぎて伝わらないモノマネ』になんと一般参加枠で出演していた。
『はなまるマーケット』の出演時に地元の小山ロールを紹介していた。
父親はレントゲン技師一筋35年で、西宮の某病院で技師長
ツッコミ担当。
ジャグリングが得意。
星座はみずがめ座。
■藤原 時(ふじわら とき、1984年12月6日)
大阪府寝屋川市出身。寝屋川市立第二中学校卒業、大阪府立守口東高等学校中退。
過去に「藤原トキ」の名でピン芸人として活動していた。
ボケ担当。
星座はいて座。
チョコレートが苦手である。そのため『いきなり!黄金伝説』でサーティワンアイスクリームの全メニューを食べつくすという伝説に挑戦した時はチョコレートが入ったアイスが多かったためにかなり苦しめられた。


田崎は有馬温泉の向陽閣で風呂掃除のアルバイトをしており、そこに藤原を呼んで脱衣所の鏡の前でネタ合わせをしていた。
「ラララライ体操」の衣装が部屋に置いてあった事で下着泥棒の聞き込み捜査に来た警官に疑われたことがある。しかし、その警官はネタ自体は知っていたらしく、衣装に着替えると「あ〜、君たちか」と言われ帰された。
『博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜』において、松竹芸能のかみじょうたけしとネタがかぶったことがある(企画性から見ても、ネタがかぶることは稀であるらしい)。ちなみにその時のネタは済美高校・上甲正典監督のモノマネだった。
最近まで女性用のテニスウェア(現在は刺繍入りの特注ウェア)を着てネタをやっていたため、女性用下着の跡のような日焼けが残る事から銭湯などに行くと変質者に見られる事がある。
2008年からはラララライ体操をやめ、漫才とコントを主流としていくと雑誌のインタビューで語っている。しかし、切り替えるタイミングに悩んでいるとも発言した事がある。実際は2008年3月8日放送の『エンタの神様』ではラララライ体操のネタで出演。
藤原はタクシーに乗ると必ずといって良いほど車内に忘れものをするとのこと。
読売テレビ(ytv)の情報番組『情報ライブ ミヤネ屋』の企画で、「ラララライ体操」を音声分析の第一人者である鈴木松美が解析したところ「アドルフ・ヒトラーの演説と共通するものがある」という結果が出た。



芸風

白いヘアバンドに女性用のテニスウェア(タンクトップ)、黒の五分丈スパッツを着用。
「みんなー、ラララライ体操、はーじめーるよー!」という台詞から始まり、※「ラララライ♪ラララライ♪」「○○でエクササーイズ♪ワン、ツー、スリー!」と言う掛け声で、いろんな場面においてのエクササイズをし、その後アカペラで「ライ!ライ!ライライライ!ラララライ♪ラララライ♪ラララライカラライカラ行け行けGO!GO!♪(※に戻る)」を何度か繰り返した後、最後は「ウゥゥゥゥゥ…ガシーン!」や「ウゥゥゥゥゥ…まったね〜」でしめる。
また、ネタによっては藤原が追い込まれた場面で体操を始めると、田崎が一旦止めて怒ると言うパターンもある(浮気発覚、取調べなど)。
『爆笑レッドカーペット』で一躍注目を浴びたネタ。初登場のときは観客もキョトンとしていたが、アンコール出演の際には一躍大歓声と変わったために司会の今田耕司も「たった数十分間で新たなスターが生まれました」と語っていた。
このネタは有馬温泉でアルバイトをしていたとき2人で偶然考え付いたとはなまるマーケットで語っていた。

その他

体育会系コントが多く、Wボケスタイル。
baseよしもとではラララライ体操以外のコントや漫才を披露する。その時は普通の服で出演している。

こちらから参照→Wikipedia

なだぎ 武





なだぎ 武(たけし、本名:灘儀 武(読みは同じ)、1970年10月9日)は、日本のコメディアン、お笑いタレント、漫談家である。大阪府堺市出身。血液型A型。2007年、2008年のR-1ぐらんぷりで史上初の2連覇を成し遂げた。現在は単独での仕事が大半だが、実際はピン芸人ではなく、お笑いグループ「ザ・プラン9」のメンバーの一人であり、元々はお笑いユニット「スミス夫人」のメンバーであった。ザ・プラン9の中で最年長かつ最も芸歴が長い。

大変な映画マニアであり、それが芸風や芸名にも反映している。
年齢とは相応しない肉体と運動神経を誇る。今でこそ体格が良いが、前コンビ時代は痩せていた。またBON JOVIのファンで、PVを撮ったことがある。
嫌煙家であり、また軽い潔癖症らしい。ポテトチップを食べる時、服や口の周りが汚れないようにチップを二本の指でつまみ、顔を上に向けてそっと口に落とし込むらしい。
2006年12月19日に友近との熱愛が週刊誌に報じられた。交際は両人とも認め合っていて、よくバラエティー番組で共演する。更に、後述のディランの相棒「キャサリン」に友近が扮したコント芸まで開発し、2007年2月10日に「ディラン&キャサリン〜難問続出!?恋の数式大パニック〜」というイベントを開催した。


芸人を目指すきっかけは、学生時代に自分のネタで唯一笑ってくれた女性。その女性から視力が落ちてしまう病気であることを告白され、手術を怖がるその女性を勇気づけるためという。以前その子に言われた「灘儀が芸人になったら、私みたいに冷めてる人を笑かすんやろな」という言葉を受け「絶対に芸人になるから、手術して治った目で俺を見て欲しい」と約束した。


ものまねレパートリー

小杉十郎太
水谷豊(ドラマ「相棒」の杉下右京)
藤岡弘、
山下真司
近藤真彦
ブルース・リー
武田鉄矢
BoA
松田大輔(東京ダイナマイト)
ディラン・マッケイ(アメリカのテレビドラマビバリーヒルズ高校白書の役からきた名前である)


ディラン

ディラン(ディラン・マッケイ)は、なだぎが演じるキャラクター。元ネタはビバリーヒルズ高校白書シリーズの同名の登場人物。2005年のオールザッツ漫才でテレビ初登場。

必ず自転車に乗って登場し、自転車から降りて舞台のセンターに立つまでの流れがお約束となっている。まず不必要に脚をピンと伸ばしてオーバーアクションで自転車を降りる。その際いかにもアテレコじみた(後述)口調で「今自転車を降りているぞ…間違いなく今自転車から降りている…よぉし降りた」と言う。その後自転車を舞台の脇に留めるが、ここでも「…今自転車置きに行ってるぞ…」と一連の台詞が入る。そして舞台中央に戻ってネタをはじめる。また自己紹介の際に「ビバリーヒルズ青春白書でお馴染みのディラン…(間)…マッケイだ」または「ビバリーヒルズからやってきたディラン…(間)…マッケイだ」と、必要以上のタメ(短くても3秒以上だが、最近は数十秒かけるのがザラになっている)を作るのも定番である。番組ゲストでディランとして呼ばれた際、椅子に座る前に自転車を降りる際と同様の足上げを行い、その勢いで着席に失敗するというネタをすることがある。


千葉 拳

千葉 拳(ちばけん)は、なだぎが演じるキャラクター。R-1ぐらんぷり2008にはこのネタで参加。

キャラクター設定は、「なだぎの妄想で実在はしない。神奈川県出身、血液型A型、性格几帳面。好きなタイプは昔は古風な叶和貴子であったが、BoAが登場して以来、BoAが好きになった。」と、2008年3月3日放送「めざましテレビ」内コーナー「メディア見たもん勝ち!広人苑U」で語っている。

こちらから参照→Wikipedia

アントキの猪木

コラボカーペット
アントキの猪木×世界のナベアツ


アントキの猪木(あんときのいのき、本名:小松原 裕(こまつばら ゆたか)、1973年6月8日)は、日本のお笑い芸人。マセキ芸能社所属。茨城県新治郡千代田町(現・かすみがうら市・最初は千代田村)出身。身長183cm。体重92kg。血液型B型。

趣味は、格闘技観戦、居酒屋めぐり。その他にボランティアも趣味。特技は野球、パチスロ、腕相撲、と腕相撲以外はまったく格闘技と無縁である。二級建築士の資格を持つ。
筋肉質で体格が良く、足のサイズが30cmもある。
前職は茨城県新治郡千代田町(現・かすみがうら市)役場に勤める公務員で、 20歳の時に就職。建築課・土木課をへて23歳の時に福祉課配属。二級建築士の資格を持ちながらの福祉課への異動は彼本人は不満に思っていたが、高齢者の話相手を続けているうち福祉課の仕事が楽しくなってきたとのことで、敬老会、カラオケ大会などのイベントの司会も務めるようになる。ちょうどこの時に「アントニオ猪木に似ている」と言われたのがきっかけで、司会などで物真似を始めるようになったということである。しかし上司や市民とのケンカなどが問題視され、主に草刈りなどが仕事の施設管理の業務に回された後、28歳で退職する。
その後3年半スロプロとして生活しており、パチスロの稼ぎで車も2台購入したという(2007年1月に『ゴールデンスロット』に出演した際の発言より)。この他にも、合コンのセッティングなど多くの職業を経験している。
デビューのきっかけは『笑っていいとも!』の期間限定コーナー「身内自慢コンテスト」にて猪木のそっくりさんとして出場し関係者の目に止まったと言うもの。
高校時代は野球部に所属していた。


アントニオ猪木の物真似で、「元気ですかー!!」のフレーズから始まる。その後、「元気があれば、○○にもなれる。」のフレーズになる。(○○内にネタの内容が入る。例:コンビニの店員にもなれる。)
その後、アントニオ猪木がもし○○内の人だったら…というシーンが始まる。(本ネタ)
とんねるずの石橋貴明に「今日のギャラは振り込みですか?」と振られると「現金ですか!」と応答し、問いかけに問いかけで答えてどうするんだと突っ込まれると「現金ですよ!」と微調整する。


西口プロレスで活動しているアントニオ小猪木と番組で共演する事もあり、『ゴールドラッシュ2006』ではタッグを組み「イノキーズ」として参加している。また、『笑いの金メダル』では「ダブルボンバイエ」としてアントニオ猪木本人の前で1分ネタを披露した。
『爆笑レッドカーペット』第2回放送の際に裏番組が華麗なる一族の最終回であり、主人公の万俵鉄平が自殺するシーンとタイミングが被っていたとして第3回放送で紹介されて以来、彼のネタの直前には「あの男が出ますよ」といわれるようになった。
『爆笑レッドカーペット』において鉄板とも言える常連であり、練り込まれたネタで高い人気を獲得しているが、あまりにも喉に負担の大きい発声法による声帯模写でネタを行うため、時としてネタ中に喉を痛めて苦しいながらに進行する事があり、その場合には同番組で敬意を込めて『(ネタは)一本が限界』と言われている。
現在、アントニオ猪木のものまねをレパートリーとしている多くの芸人の中で、春一番に次ぐ声帯模写の達人でありネタの中に技の動作もあり、容姿も含めると他の追随を許さない高評価を得ている。
声真似をすると声帯を痛めるため、続けてネタが出来ない。(レッドカーペット出場時に発言)
2007年7月11日にハッスルハウスvol.26においてプロレスデビューを果たしている。なお、ハッスルにおけるニックネームは『燃える合コン』である。
ネタがなかなか出来ないらしく公式HPにてネタを公募している。
20歳代前半、当時千代田町役場土木課(現・かすみがうら市役所)には、アントキのを含む3人の同級生が在籍していたが、3人とも退職している。ここ十数年で退職者はその3人だけだという。ある意味個性的な3人だったそうである。

こちらから参照→Wikipedia

エド・はるみ



エド・はるみ(1964年5月14日)は、吉本興業東京本社(厳密にはよしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部。東京吉本)所属のお笑い芸人、女優、ナレーター。茨城県、千葉県、東京都で、幼少期から学生時代を過ごす。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。身長156cm。血液型A型。バラエティ番組等で、『○○グゥ〜』のネタで知られている。

茨城県波崎町立波崎第二中学校・千葉県市立銚子高等学校を経て、明治大学文学部文学科演劇学専攻を卒業する。

1988年に円・演劇研究所を卒業し、以降女優(主に舞台女優)として活動。小劇場で舞台女優として活動していた頃の役者仲間に出川哲朗がおり、「出川君」と呼んでいたとのこと。またその一方で、Microsoft Official Trainerを取り、コンピューターインストラクターと、マナー講師の仕事をしていた。

2004年から2005年頃、表現の方向を転換。お笑い芸人を志す。このことについて、本人は「ふつふつと湧き上がる笑いに対する情熱を抑えきれず」と話している。事務所に所属していないアマチュアとして芸人コンクールのR-1ぐらんぷり2005に出場、2回戦で敗退。その後、本格的にお笑いの勉強をするため、吉本興業の養成学校である東京NSCに、11期生最年長として入学。入学時の挨拶は、「年齢と女優としてのキャリアは忘れて一からやり直したいので、みなさん気さくに話しかけてください」。教室の常に最前列で授業を受け2006年4月に皆勤賞で卒業。同年5月17日に東京都新宿区のルミネtheよしもとで芸人デビューをした。

東京NSC卒業から3ヶ月後の2006年7月22日、日本テレビの『エンタの神様』に地上波のテレビ番組初出演。同番組では「木村陽子」(風貌が似ている日テレ所属の元アナウンサー・木村優子のパロディ)名義で3回出演したが、ここではブレイクには結びつかず、2008年2月23日放送分以降の出演では、同番組限定の芸名ではなく「エド・はるみ」で出演している。

前述のようにマナー講師をしていた事から、その言葉遣いや立ち居振る舞いは、礼儀に厳しい木村祐一をして「満点」と言わしめたエピソードがある。後に『やりすぎコージー』で木村からオススメ芸人に推薦されて出演した。

2008年2月17日CX系でOAされた『一瞬で笑えるネタ祭爆笑レッドカーペット祝1周年記念特別企画史上最高56組が大集結笑いっぱなしの3時間新ネタ新キャラ新芸人続々登場スペシャル!』で優勝。選者は石原良純。

同年2月26日日本テレビ系でOAされた『踊る!さんま御殿!!』で、お笑い芸人になってから恋愛を封印した事と、実はバツイチで結婚期間1年間と告白した。 また、同年3月9日放送の『THE・サンデー』では、「(バツイチではあるけれど)『1婚』と呼べば前向きな気持ちになれる」と発言している。

お笑いの世界に入って日が浅いために、1期先輩のオリエンタルラジオには「兄さん」と呼ぶも互いに敬語を使用し、爆笑問題やナインティナインといった年下のビッグネームの芸人にも「さん」付けで呼ばれている。一方、品川庄司(主に品川の方)等にはため口を使われ呼び捨てで呼ばれたりもしており、上下関係が複雑な存在でもある。

2007年8月19日放送の日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』では、自ら「成人式を2度迎えました」と発言。また、品川祐のブログに「東京オリンピックの年に生まれた後輩芸人。僕の8コ上の若手。」との記述がある。また、2008年春の『オールスター感謝祭』の赤坂5丁目ミニ駅伝に出場した際に実況アナウンサーに43歳と年齢を公開された。

2008年4月23日放送の「くりぃむナントカ ゴールデン進出スペシャル」の企画「負けるな芸人さん!お子様は神様です選手権!!」では、出演者の中で唯一子供の数が過半数を超えた(そのときのライバルは大型のボールプールで、21人の子供のうち18人がネタを見ていた)。

芸名の由来は、エド・サリバンへの憧れと、カタカナを混ぜた無国籍な印象を持たせたいという意味から名付けたという。

一方で、出川哲朗と共演した、20年近く前の料理番組の映像が、ユーチューブに投稿され、その当時のクレジットでは、「江戸はるみ」と表記されていた。

こちらから参照→Wikipedia

世界のナベアツ



コラボカーペット
世界のナベアツ&アントキノ猪木


渡辺 鐘(わたなべ あつむ、1969年8月27日)は日本のお笑いタレント、放送作家である。お笑いコンビ・ジャリズムのボケ担当。滋賀県高島郡安曇川町(現在の高島市)出身(少年期を大阪府守口市で過ごす)。吉本興業所属、大阪NSC10期生。身長174cm。既婚者(2005年に結婚)。血液型はB型。

ジャリズム再結成後はシルバーのスーツにチョビ髭という出で立ちで登場するようになり、ネタ中に事あるごとに自らを「世界のナベアツ」と自称するようになる。(ちなみにスーツは、大物感を出す為に12万円自費でオーダーしたもの。)この「世界のナベアツ」のキャラクターで2007年後半からネタ番組(「あらびき団」・「爆笑レッドカーペット」など)に出演。

「世界のナベアツ」・・・ピン芸人
「ジャリズム 渡辺あつむ」・・・お笑いコンビ(ボケ担当)
「渡辺鐘」・・・放送作家

という3つのキャリアを兼務するマルチタレントである。キャリアに応じてそれぞれ名義を使い分けている。

ますだおかだの増田英彦とは同じ中学校の同級生。中川家とも同じ中学校で渡辺の弟は中川家礼二と同級生。

もともとジャリズム結成前からハマっていた『スクール☆ウォーズ』や『東京湾ブルース』(テレビ朝日)などのテレビドラマ等を良くコントのネタにして書きためていた。コントがあるバラエティ番組に携わることが多いため、「コント作家」とも呼ばれている。

第1次ジャリズム時代は「声がデカい」ということで有名であったが、放送作家専業時代のラジオでは出演者に配慮してボソボソとしゃべることも多かった。兼業である現在は比較的自由に話していることが多く、長く関わっている『雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!』では第3の出演者といえるほどである。

コントでは声色を使い分けて多彩なキャラクターを演じている。素は芯のある優れた声質で、それを活かしたネタも多い。例えばジャリズムの代表的なコント「葬式DJ」は、渡辺がリアリティ溢れるDJを違和感なく演じる事で成立している。



1991年11月、山下しげのりとコンビを結成。

1999年、ジャリズムを一度解散し放送作家としての活動を始める。

2003年10月、千原兄弟のコントライブ『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』に出演。

2004年2月、ルミネtheよしもとにて「元ジャリズム祭り」を開催し再結成を宣言。『登龍門F』(フジテレビジョンで2004年5月4日放送)を皮切りにコンビ、ピン芸人としても様々なテレビ番組に出演している。

2007年12月17日放送の『爆笑レッドカーペット』にて第5回レッドカーペット賞を受賞。受賞を契機にTV番組の出演が多くなる。

2008年にはR-1ぐらんぷり決勝大会に進出。決勝3位となる。

こちらから参照→Wikipedia

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